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戦後ジャズ史振り返る、「横須賀JAZZ物語」-県立歴史博物館でトークイベント

横須賀出身のジャズメン・渡辺正典さん(左)、ジャズ評論家のバーリット・セービンさんが戦後ジャズストーリーを語り合った

横須賀出身のジャズメン・渡辺正典さん(左)、ジャズ評論家のバーリット・セービンさんが戦後ジャズストーリーを語り合った

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 横須賀のジャズシーンを振り返るトークイベント「横須賀JAZZ物語」が5月19日、県立歴史博物館(横浜市中区)で行われ、戦後のどぶ板通りなどで盛り上がったジャズムーブメントのエピソードが紹介された。

世界最大級といわれた米兵向け娯楽施設「EMクラブ」

 昭和20年代を振り返る特別展「ヨコハマ・ヨコスカ ストーリー ~2つの港町の戦後文化」の一環。トークイベントには、戦後のEMクラブ(旧海軍下士官兵集会所)などで演奏したジャズメン・渡辺正典さん、米国大使館職員でジャズ評論の著作もあるバーリット・セービンさんが出演。

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 渡辺さんは1933(昭和8)年、横須賀・大津生まれの79歳。13歳でトランペットを習い、終戦直後の横須賀でジャズメンとして活動を始めた。どぶ板通りにあったホワイトハット、クラブヨコスカなどで演奏。「当時は破格の待遇だった。渡辺貞夫さん、秋吉敏子さん、クレージーキャッツの安田伸さんらも米国人相手に演奏して腕を磨いていた」という。

 戦後のどぶ板通り周辺には200軒以上のバーやクラブがあり、東京・横浜などから延べ1,000人以上のミュージシャンが集まってきたという。「こんな時代はどこにもなかった。ジャズムーブメントが巻き起こった」とセービンさん。

 米軍に接収された旧海軍施設は「EMクラブ(EMLISHD MEN`S CLUB)」と命名された。ゼービンさんは「各地にEMクラブがあったが、横須賀の施設は米軍史上最大の娯楽場で1日に4,500人も入った。ダンスホール、レストラン、映画館、銀行など何でもあり、迷うほど広かった」という。

 EMクラブでは、米本土から有名ミュージシャンが数多く公演。渡辺さんは、「ジャズの神様」といわれたルイ・アームストロングの来日初公演に強烈な刺激を受けた。「巨大なエンターテイナーの姿に圧倒され、自分の演奏活動に絶望と希望の両方を見出した」とも。同クラブでは、ジャズのほかラテン・スローバーラードなど様々な曲を演奏したそうだ。

 1970年代に米海軍横須賀基地に勤務したセービンさんは、「EMクラブの裏に潜水艦乗りが集まるサブマリン小路があり、ドルフィンクラブなどで本場のミュージシャンも演奏しクオリティーも高かった」と振り返る。

 その後、ベトナム戦争終結(1975年)により米国の徴兵制が終わり志願制になると米国南部出身の兵士が増え、横須賀ではカントリーミュージック全盛期に。「1970年代後半頃から横須賀のジャズクラブは下火になり、横浜へ聴きに行くようになった」(セービンさん)。

 米国文化のシンボルだったEMクラブは1990年、老朽化のため惜しまれながら解体された。戦後のジャズシーンは、米国人や日本人ミュージシャンが横須賀に集まって花開き、その後横浜で育てられ広まったという。

 「ヨコハマ・ヨコスカストーリー」展では、横須賀・横浜のジャス音楽・映画・ファッション・文化など歴史的資料を多数展示する。6月17日まで。詳細は同館サイトで確認できる。

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