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「海が震えた日」、地震直後の横須賀港で何が?-軍港ブロガーの記録

3月11日17時過ぎ、黒い雲に包まれた横須賀本港。夕日を照り返しながら海自イージス艦「きりしま」が被災地へ向かって出港。(写真撮影=dybrristol:mika)

3月11日17時過ぎ、黒い雲に包まれた横須賀本港。夕日を照り返しながら海自イージス艦「きりしま」が被災地へ向かって出港。(写真撮影=dybrristol:mika)

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 東日本大震災から約1カ月、横須賀本港には災害派遣された海上自衛隊の護衛艦が補給のため一時帰港し、4月2日には日米艦船の見学クルーズ「軍港めぐり」もようやく再開された。再開便の乗船客の中に、2年半にわたって軍港ブログ「ふりかけ日日日報」を書き続ける女性ブロガー「ミカ」さんの姿もあった。 

地震直後、海面に渦巻くような異様な波が走った(3月11日、14時50分)

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 元雑誌ライターのミカさん(横浜市在住)は、地震当日も軍港めぐりに乗船。当日の横須賀本港の出来事をブログに克明に書き残している。「海が震えるという初めての体験。余震に怯えながらも記録を残さなければと、メモと写真撮影を続けた」という。現場に居合わせたミカさんの貴重な記録や写真、船舶関係者の証言をもとに、地震直後の横須賀港の様子を再現してみたい。

 3月11日14時46分、宮城県北部で震度7の大地震発生。軍港めぐり最終便が汐入桟橋に着岸して5分後、それまで穏やかだった海面に渦巻くような異様な波が走り始めた。

 竹本健一船長「おつかれ…おい、なんだ、変な揺れ方してるぞ」。エンジンが停まっているはずの遊覧船「Sea friend 5」がガガガッと小刻みに縦に揺れる。桟橋付近の外灯や樹木も大きく揺れた。「地震だ」。ミカさんがとっさに撮影した同船客室のGPS画面には「14時49分」の数字。横須賀は震度4。

 最後の乗客だったミカさんが桟橋のタラップを昇り切ると、ギギギィーと耳を刺すような摩擦音。背後で竹本船長、新井剛さんが「津波が来るぞ、急げ!」と叫ぶ声。1分後に「Sea friend 5」が避難開始。この時、横須賀本港に停泊する艦船から一斉に長い汽笛が何度も鳴り響く。米海軍横須賀基地からもサイレンが鳴った。非常事態。

 15時30分、気象庁が大津波警報を発令。海上保安庁からは「全船港外退避」の指示があり、民間船舶が次々に沖合いへ避難し始めた。

 15時32分、海自試験艦「くりはま」が一番手で出港。15時54分に護衛艦「はるさめ」、その後、特務艦「はしだて」、護衛艦「おおなみ」、掃海艇数隻が出港。16時22分にイージス艦「ちょうかい」が出港。浦賀水道にいた民間艦船は緊急出動する「ちょうかい」に航路を譲ったという。(「ちょうかい」は13日、福島沖15キロで漂流していた男性を救出した)

 16時36分。急速に潮が引き始め、ヴェルニー公園前の海面の底が見えるほど潮位が下がり、潮の匂いが強く漂った。平常時はごく緩やかに潮が引くが、いつもと様子が違った。じわじわと海面が下がり、津波の前兆の「引き波」だった。地震発生から1時間50分経過。

 「少し前まで、美しい晴天だった横須賀本港上空。まだ日の入時刻でもないのに、にわかに空が曇り、あたりが暗くなって終末感を覚えるほどの不気味さ。黒い雲が広がる中、イージス艦『きりしま』が夕日の照り返しを浴びながら出港した」(ミカさん)。

 17時40分頃、本港に津波の第1波が到着。その後、第2波、第3波も。海面の高低差は約2メートル。ミカさんは隣接するショッパーズプラザ横須賀へ避難しながら、ガラス越しに撮影を続けた。17時42分の日の入りとともに、待機中の海自潜水艦から自衛隊旗降下のラッパの音が鳴り響いた。

 軍港めぐり・猿島の両航路を運航する「トライアングル」専務の鈴木隆裕さんは、乗客と社員の無事を確認した後、三笠桟橋で不思議な光景を目撃した。17時頃、突風とともに白い雪が約5分間降り続いたという。「対岸の房総半島にある石油施設が炎上しており、粉塵を含んだ上昇気流が東京湾を渡って、上空で冷やされて雪を降らせたのでは」と鈴木さんは推測する。

 18時40分過ぎ。制服を着た大勢の海上自衛官が駆け足に近い徒歩で続々と歩道を通り過ぎ、横須賀地方総監部へ向かう姿も。国道16号線は渋滞、車で埋め尽くされた。JR・京急電車も全て止まっていた。

 ミカさんは京急汐入駅前の「メルキュールホテル横須賀」のロビーに避難し、眠れぬ一夜を過ごした。同ホテルでは1階ロビーを開放して、帰宅困難者約100人を受け入れた。隣接する市民活動サポートセンターにも100人余りが避難。この夜、横須賀・三浦地区では19万7,500戸が停電した。

 翌12日早朝。「横須賀本港では海自の全艦船が出港。空っぽになった本港を初めて目にした」(ミカさん)。

 2年半前…。2008年9月1日、横須賀新港埠頭で八都県市合同防災訓練が行われ、海自艦船や米海軍艦船、航空機も多数参加して救難訓練が行われた。同訓練を見学していたミカさんは、「この訓練が、まさか現実になる日が来くるとは…」と複雑な思いで振り返る。

 ミカさんは「軍港めぐりでいつも目にしていた日米艦船が、被災地の救援活動で活躍するニュースを目にするたびに、ああ、あの艦が、ヘリが、掃海艇が…と感慨深い」という。「復興を支援する自衛隊、米軍の皆さんの奮闘ぶりに感謝したい。被災地が1日も早く復興することを願っています」と話している。

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